井ノ口視点

チーズは殺菌乳で作るべきか、無殺菌乳でつくるべきか?

 今、日本では殺菌乳でチーズを作る工房と無殺菌で作る工房がある。もう何十年も前からこの議論はある。しかし理論的な展開はなく、ただヨーロッパでは無殺菌で作っているとか、殺菌しないと危険だからというくらいの考え方である。僕の見解はどちらにもリスクがあり、どちらにもメリットがある、ただ、高温多湿のアジアで無殺菌で作るというのは相当な技術と知識を必要とするのでやや難しいにではないか?という考えである。「土と内臓」は富山のみどり共同購入会の方に薦められて読みました。いささかアメリカ的なまとめ方が気になったものの非常に参考になりました。菌というものを病原菌としてとらえてしまうには歴史的な経緯があること、菌同志は容易く共生しないこと、ついついわたっていても考えてしまうことを整理できました。日本で無殺菌乳でつくる最も大きなリスクはやはりリステリアだと思います。時々、工房に妊婦はチーズを食べるなと言われたと問い合わせがありますが、これはリステリア菌が入っていると流産する可能性があるからです。流産だけでなく、ヨーロッパのチーズの食中毒はたいていリステリアでフレッシュかウォッシュで起きています。リステリアは低温殺菌で死滅するのでフレッシュまたはウォッシュは低温殺菌をするべきでしょう。

無殺菌乳を推奨するには熟成中に乳酸菌の遷移が無殺菌乳で作ると起きるが殺菌乳で作ると起きないということがよく言われます。乳中に様々な菌が存在している状況はとても普通で安定感があります。それだけに特定の乳酸菌が選択的に発酵させるのは難しい気がします。七飯町の山田牧場は無殺菌乳で作っていますが、スターターに使う乳酸菌も生乳から起こして使っています。この場合、乳中にいる雑多な菌の中から植え継ぎを繰り返して結果的に菌が選抜されてその菌だけが非常に数があり、一気に優位に立って発酵を進めるのだと考えられます。これは正しいやり方です。無殺菌乳で作りながら市販のスターター(乳酸菌)を使う場合、乳中の菌がスターターの発酵を阻害してしまう可能性があります。実際、北海道の生乳に含まれる乳酸菌のバクテリオシンがスターター乳酸菌に効いてしまうケースがあります。僕らも現在、乳から乳酸菌を起こして培養してチーズを作っています。(まだ本格的には販売していませんが)植え継ぎを繰り返していくと凝固状況が安定してきます。ちなみに45度で植え継ぎして培養を繰り返すと大腸菌はでなくなります。(これは名古屋大学の研究論文にあります)

上の表はチェダーチーズの熟成中の乳酸菌の遷移を示したものです。プランタラムは牛に食べさせるサイレージを発酵させる乳酸菌です。サイレージを食べさせた乳ではいいチーズができないといわれることがありますが、だとするとこのプランタラムはどう説明すればいいのでしょうか?3か月後に発酵し始めるカゼイは漬物のような風味を出します。酪恵舎ではテネレッロを作る際にスターターとして添加しています。私たちチーズ職人に求められているのはそれぞれの菌の個性を正しく理解して製造のそれぞれの段階でどの菌を主役にするのか、そのためにその菌だけが有利になる条件をいかに揃えるかということです。味噌、醤油、清酒の製造における菌のコントロールは素晴らしいものであれは共生ではなく調整です。日本の発酵技術に素晴らしさは菌の個性をしっかり理解して段階的に発酵菌を変えて発酵食品を作れることです。チーズも学ばなければなりません。

上のチーズはテネレッロです。63度30分の殺菌をして作っていますが、時にこのようなプロピオン酸菌が紛れ込んでチーズアイを作ります。もちろん僕らは狙って作っているわけなく偶然です。とまれ!殺菌しているのに・・・。63度30分で殺菌したからすべての菌が殺菌されるわけではありません。ただすべての菌を殺菌する必要もありません。「菌はすべて悪いもの、いいものは乳酸菌くらい」と考えるのは大間違いです。殺菌するにしても無殺菌で作るにせよ汚染のリスクはゼロではありません。いかにリスクを遠ざけるかを勉強するべきです。もうぼんやりとした議論ではなく、日本における無殺菌・殺菌におけるチーズ製造の安全性やリスクについて研究する必要があると思います。

チーズ職人

  • 白糠酪恵舎 代表 井ノ口 和良
             

    福岡出身。18歳で北海道に渡り帯広畜産大学を卒業後、道東へ移住。 酪農と関わり暮らして37年。夢は原材料100%の純国産チーズを作って広めること。

  • 及川 由博

    生まれも育ちも生粋の北海道人。25歳で井ノ口代表と出会い、チーズ作りの虜に。酪農の豊かさを共有しあえる仲間づくりに奮闘中。

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