チーズを楽しむ
白糠酪恵舎の今日までそして明日からVol.3 ~地元のチーズを食卓に〜
『優しいチーズ』
今、手作りチーズは濃い味のチーズが大流行りである。もともと日本人は旨味が大好きだから仕方がない。
「俺たちは食材のイタリアチーズ」そう決めているからぶれたりはしない。
あくまで食材にこだわる。乳は本来、お母さんが子供に与える最初の愛情である。それが強い個性だったり、くせがあったらおかしかろう。本来優しいものなのだ。その優しさゆえに
「なんか味が薄いわね」
「もっと個性があった方がいいんじゃない。」
と言われることも少なくない。それでも何人かのお客さんは
「穏やかで優しいチーズね」
と言って下さる。
「ありがとうございます。」この評価が一番嬉しい。
食材に向くということは主張しすぎないということでもある。あまり個性があると他の食材とけんかしてしまう。作り手の性格とは逆で酪恵舎のチーズはけんかしない。それどころか味の濃いチーズにしばしば負けてしまう。
なぜそうなるのか?そもそもイタリアのチーズ、フランスのチーズ、オランダのチーズは日本味噌、コチュジャン、豆板醤ほどの違いがある。乳酸菌を使うと言ってもイタリアがヨーグルトと同じタイプの乳酸菌を使うのに対してフランス、オランダは中温菌という比較的低い温度で発酵する菌を使う。これらの菌は味を濃くする。さらにフランスは酵母とか細菌とかカビを添加して味をさらに濃くしていく。そういう意味でフランスチーズは作りこんでいくというイメージである。イタリアチーズはあるがまま。ウォッシュタイプという概念すらイタリアにはない。表面の水分や塩分を増やすと熟成庫内の菌が勝手に増えて「モルキア」と呼ばれる表皮を形成する。タレッジョやフォンティーナの表皮にみられる。僕らのチーズは「澄まし汁」でフランスのチーズは「デミグラスソース」。本当は比べても意味がない。どちらも素敵なチーズたちよ!
『多様性と関係性』
「道内それぞれに違うチーズを作ればいいのに!」といつも思う。ある種のチーズが売れるとみんなこぞって作るというのはいかがなものか?
釧路管内のチーズ作りは面白い。それはなぜか?同じようなタイプがほとんど無い。酪恵舎はイタリア、酪楽館はデンマーク、横井牧場はスイス、風牧場はフランス、森高牧場はオランダ、など多様性がある。この5工房で釧路ナチュラルチーズネットワークを形成している。主な活動は月2回釧路和商市場での共同販売と年1回の品質評価である。これだけたくさんのチーズがあるのに一同に買える場所が釧路にないのはさみしい。むしろ地元だからこそ地元のチーズを選ぶ楽しみがあっていい。チーズの並べ方も工房ごとではなく、タイプ別にした方が買いやすいと考えた。工房毎の方が説明はしやすいが時間の無いお客様には欲しいカテゴリーのチーズが並んでいる方が良い。
もうひとつの品質評価はそれぞれのチーズを年に1回実施している。東京からチーズの専門家を呼んで評価してもらい、それぞれに改善点を見つけて技術向上を目指すものである。地元の仲間でやるとどうしてもなれ合うし、厳しい意見も出づらい。色んな活動を展開しているが基本は「よりよいチーズ作り」である。
スローフードという言葉を覚えているだろうか?『スローフードな人生』の中にこんな台詞がある「全ては関係性なのだ」。
地元の食材とチーズを合わせた郷土料理を作りたい。創業時に願いである。
羊、鹿、たこと地元食材を使ったチーズ料理を提案しているさなかのことである。釧路振興局(当時は支庁)のSさんが訪ねてきた。
「釧路で愛食フェアをやりたい。委員長をやってもらえないか?」
「いいですけど、Sさん最後までつきあってくれますか?」
「もちろんです。」
「でも転勤がありますよね」
「もちろんです。」
「少し時間を下さい」
「もちろんです。」
この手の役を引き受けるときにいつも考えるのは「一人になってもやりきる覚悟が自分にあるか?」ということである。温泉に浸かりながら考えた。
どうすればうまくいくか?やりきれるか?何年やるか?構想は湯気のようには湧いてこなかったが引き受けることになった。
この愛食フェアは生産者と消費者をつなぐ販売会である。まず生産者同士の連携を図る。次に買ってくださる消費者のかたを会員にして仲間になってもらう。釧路愛食フェアが終了した秋の終わりには釧路全日空ホテルで生産者と消費者の交流会を開くまでになった。そして翌年、釧路のシェフが連携し、地元食材で料理を作り、生産者がサービスをするという愛食レストランを2日間限定で実施した。牽引したのは釧路全日空ホテルの楡金総料理長である。大盛況であった。釧路愛食フェアは諸般の事情で解散したが、このとき親交を深めた音別の伊藤さん(故人)のそば粉が釧路の新名物「北のガレット」を生むことになるのだ。
イベントで生産者がお互いの商品を買うというのはよくあることだ。愛食フェアでもその光景はよく見られた。ご多分にもれず僕もいろいろ買う。その中に伊藤さんのそば粉があった。
そば粉は春までそのままだった。3月のことだった。毎年5月5日に酪恵舎の前庭で「山の恵みの即売会」というのを地元の生産者とともに実施している。その新しいメニューを考えていたときだった。
「ガレットはどうよ?」
「そば粉があるから作ってみるか?」
「確かレシピもある。」
作ってみてどうだったか?作って楽しい、食べて美味しい!数日後にはスタッフ全員でガレットパーティである。すっかり楽しくなった僕たちは3月の寒い夜空の下でガレットをほおばり続けた。
ガレットの魅力は全て釧路地域の産物で作れること。海産物も農畜産物も同時に使えること。そば粉もチーズも地元産で選べること。そして何より釧路人はうどんよりそばをこよなく愛していること。
盛り上り続ける僕たちは「北のガレット大作戦会議!」なる仲間を作り、釧路でガレットを広めることを始めたのである。銀座松屋の北海道展にまで出展した北のガレットは今も地元のイベントには必ず出てくる。B級グルメは「釧路ざんぎ」に譲り、ガレットは静かに静かに地域に根を下ろしつつあるのだ。