チーズを楽しむ

新・チーズの品質について考える~白糠酪恵舎18年の取り組み

新・チーズの品質について考える~白糠酪恵舎18年の取り組み

 この秋にFMくしろの「チーズな心」(月1回、第3木曜日 14:00~)でチーズの栄養について話をした。話をするにあたってチーズの栄養について改めて勉強した。そこで僕らは乳やチーズが持っている栄養学的なポテンシャルについてほとんど考慮してこなかったことに気づいた。例えば、グラナ・パダーノは100g中、カルシウムは1200㎎の入っていること、コンテは同じような作り方で900㎎、あるいはβカゼインを分解させるとカルシウムの吸収をよくするペプチドがつくられるとか。良し!今度は熟成について徹底的に研究し、美味しくて体にいいチーズを作ろう!ということで熟成の文献をこれまた改めて読み直し熟成技術の修得に取り組むことにした。
 そんな時期に一人のイタリア人が工房を訪ねてきた。名古屋に住んでいるクリスティアーノ・デロッカルディス氏だ。彼はもともと原子力発電の仕事をしていたのだが縁あって食の世界に入り、スローフード大学でテイスティングの講師を十年ほど勤めてきたドッドーレ(教授)である。とりわけチーズについては世界の500を越えるチーズ工房を見て歩き、品質評価の腕をみがいてきたという。(本人談)彼は熟成庫に入るなり、この熟成庫には問題がある。よくない菌がチーズの表面についている。原因は4つある塩水槽の2番目だ。すぐに廃棄して新しい塩水に取り換えるべきだ。との指摘を受けた。翌日に塩水は交換した。さらにここへ来る前に訪問したチーズ工房についてのコメントが極めて適切であり、これは学びのチャンス到来である。10月に名古屋で打合せを行い、11月下旬に2日間の研修を実施した。

11月末にはたしてクリスティアーノは東京でイタリア文化会館主催のオリーブオイルのテイスティングセミナーを終え、釧路空港に到着した。早速熟成庫のチェックから研修は始まった。ここでの検討内容は予備熟成庫から本熟成庫への移動のタイミング、あるいはそれぞれの温度・湿度の管理状況、実際のチーズの状態。居ていいカビ、望まないカビ、酵母。風の強弱、棚幅などについて指導を受けた。翌日はいよいよチーズのテイスティングである。その前に塩水と塩+αの水で感度チェックを行い、スタッフ間での目合わせを行った。チーズの塩分はおよそ1.4%~1.5%が10段階の5段階にあたり、その強度を確認した。
それからいよいよチーズの官能評価である。評価科目は外観(内+外)、におい、味、食感、余韻、調和である。今回は初めてだったので詳細なコメントはなく、大雑把な感じで評価していった。
外皮のカビについてもおおらかで若干の望まないカビは問題とせず、外皮の厚さもさほど気にする風ではない。一方組織の穴(メカニカルホール)の位置については問題があると指摘を受けたチーズもある。同じ風味でもあるチーズには良くて、あるチーズではよくない香りであるとの指摘があり、スタッフも戸惑いつつ、改めてチーズ製造の難しさを実感した。

僕らが作っているチーズがイタリアタイプでモデルがあること、そしてイタリアチーズに造詣が深いクリスティアーノ氏であるからこそ、それぞれのチーズの過不足について的確な助言ができるのであろう。少なくとも加熱圧搾タイプといったカテゴリーではゴーダ、ラクレット、トーマなど基準となるチーズがたくさんあって審査する人の基準が多様化してしまう。品質を正しく評価するためには具体的なチーズ(基準を決めて周知する)に絞って評価をすることがコンテスト等でも重要である。今回彼の評価はさらにレベルの高い評価を展開する際には問題となるのかもしれないが、いくつかのチーズについては最高点であった。しかし、いくつかのチーズについては厳しいコメントがあった。実際にやってみると最高点や最高点に近いチーズは僕らとしてはまだ改善点があるのだが、どう展開したものか疑問が残り、一方、酷評されたものについては具体的な改善点がはっきりしてきたのですでに改善に取り組んでいる。屈辱は成長のバネということ。
酪恵舎の熟成チーズは基本的に表面に自然のカビを付けて熟成し、出荷前に水洗いしてカビを取り除いてから出荷している。フィレンツェの工房でカチョッタをじゃぶじゃぶ洗っていたのをみたので。しかし今回の官能評価では外皮をそのままで評価してもらった。外皮はやはりつけたままの方がいいということがわかった。いくつかの問題があるが、これらをクリアーしてこれからは外皮をつけた状態でお客様にお届けしたいと考えている。

こうしてみてくるとチーズの品質の概念はこの18年の間に変化してきたことがわかる。
初めは  モデルのイタリアチーズに近ければ近いほど高品質
次は   自分たちが作りたいと思っているように作れれば高品質
さらに  乳の本質を理解し、乳の優しさや強さが出せれば高品質
     日本人らしさが感じられれば高品質
     より低コストで同じ味が出せれば高品質
     美味しさだけでなく栄養的にも優れているチーズが高品質
品質というものは限りなく多面的であり、つかみどころがない。しかし、創業以来、誰よりも質の高いチーズを作りたいという僕の中の欲望は衰えを知らない。現在は今までの取り組みで培ってきたものを編み合わせる様に一つの価値基準ではなく、いくつかの価値基準を立体的に捉えながらより技術を高めて行きたいと考えている。いつの日かイタリア人が驚くほど美味しい日本人らしいチーズを完成させたい。それ以上にこの町の人が「また食べたい」と思うチーズという食べ物を作りたい。